図 ニホンイシガメの減少を生じさせる要因(小賀野 2012 第14回日本カメ会議口頭発表資料より )

1. 千葉県における淡水性カメ類の生息状況
 淡水性カメ類の生息に関する古い記録や情報をたどると、高度経済成長による急速な都市化が始まる以前には東京都に隣接する我孫子市、松戸市、市川市などでもニホンイシガメMauremys japonica(以下イシガメ)が水田などに生息していたようだ(岩瀬 1957など)。1986年には、館山市の小河川でカメ類を対象とした生息調査が行われ、関東地方で初めてイシガメの地域個体群の存在が明らかになったといえる(長谷川 1988)。この発見をきっかけにして、館山市で爬虫両生類情報交換会によるイシガメの個体群調査が始まり、その後新たに確認された富津市や君津市の小河川などでも同様な調査が実施されるようになった。現在まで、千葉県を除く関東地方以北ではイシガメの個体群調査を行うことができる地域が未だ見つかっておらず、本県の生息地は太平洋側の分布北限として生物地理学上も大変貴重といえる。
一方、千葉県全域における淡水性カメ類の生息分布は、千葉県自然誌調査会(1995)の動物・植物標本目録においてイシガメとクサガメMauremys reevesiiで初めてまとめられた。両種の分布に関しては、ほぼ全県から情報が得られ、イシガメが房総丘陵の河川の下流から上流に分布するのに対し、クサガメは北総の河川と房総丘陵の河川の下流部に分布が偏っていたことが記述されている。その後、千葉県版レッドリストの策定などに向けて、千葉県自然環境保全地域の変遷調査(小賀野 1999など)や市町村の生物調査(小林他 2000など)での分布情報が追加収集され、両種を含めたカメ類の分布がより明らかになってきた。
1990年~2011年までに実施した目視及び罠かけ、及び素手による捕獲調査による現地調査の結果に、文献からの生息記録、研究者や調査団体から得られた情報を加えてまとめると、千葉県には、12種の淡水性カメ類と2タイプの雑種が生息していることがわかった。このうち、イシガメ、クサガメ、ミシシッピアカミミガメTrachmys scripta elegans(以下アカミミガメ)の3種が広域に分布し、1km2メッシュを用いた確認地点数はクサガメが最も多く、次いでアカミミガメであった。(図1)。

図1.千葉県における各種カメ類の確認メッシュ数

2. クサガメ外来種説
 これまでクサガメは在来種で保護すべき生物として扱かわれてきたが(群馬県 2012など)、国外からの外来種の可能性が極めて高く、千葉県産に関しては、形態的特徴と遺伝子解析の結果から、20世紀後半以降にペットとして大量に流通した中国産の可能性が指摘されている(矢部 2002、鈴木他 2011)。明らかにペット由来の外来種であるアカミミガメと同様に千葉県ではクサガメの個体数増加や分布域の拡大から外来種説を裏付ける事例がみられる。かつての千葉県では野生のカメを見かけることは多くなく、特に県北部ではめったに見かけることがなかったようであるが(長谷川 1988)、1970年代に実施された船橋市の調査では、捕獲したカメは全てクサガメで、しかも飼育した痕跡があったという(長谷川 1974)。当時の状況と比較するため2011年に船橋市を流れる海老川沿いの道を3kmほど歩いたところ、目視だけの簡易調査でアカミミガメ152個体、クサガメ44個体、イシガメ1個体の合計197個体ものカメを容易に確認することができた。また、東京湾に注ぐ椎津川でも1970年代にはカメは稀にしか見られなかったが、近年の調査でこの流域で捕獲・標識されたクサガメはすでに3000個体を越えているらしい(今津 私信)。さらに、九十九里浜平野の乾草沼では、2001年9月~2006年10月までの期間に計28回の罠かけ調査を行った結果からクサガメの個体数の増加が示唆されている(小賀野他 2011)。同じ平野内にある軍人池でも、クサガメ等の標識調査が進められているが、地元住民からの複数の聞き込み情報から以前はカメが全くいなかったことが確認された。このようなクサガメの分布拡大と個体数増加に関する事例は県内各地で数多く聞かれ、後述するニホンイシガメとの交雑問題と共に、クサガメ外来種説は支持されている。

3. ニホンイシガメの絶滅危機
 千葉県に見られる淡水性カメ類のうち生息域が急激に減少しているのは在来種のイシガメ1種だけであり、様々な生息環境の悪化により絶滅の危機が襲ってきている。具体的には、水質汚染や河川改修や圃場整備のような環境悪化や改変などの物理的要因に加え、クサガメなどの競争種や天敵となる特定外来生物アライグマの侵入、及び近縁種であるクサガメとの交雑による遺伝子攪乱などの生物的要因が複合的に影響しあうことで、生息地や個体数の減少が各地で同時多発的に生じている。加えて、イシガメは近年になり環境省の希少種や千葉県の最重要保護生物にランクアップされるなど希少価値が大幅に増してきたことにより、商用利用が目的の大規模な乱獲が起きていることも確認されている。(図2)。

ニホンイシガメの減少要因
図2.ニホンイシガメの減少要因

4. ニホンイシガメと競合するカメ類 
罠掛けによる捕獲調査と越冬期における掴み採りによる調査の結果から、調査地域におけるカメ類の種組成を求めた。アカミミガメは主に都市化の進む県北部で見られ、イシガメは主に自然度の高い県南部で確認された。これに対して、クサガメは千葉県全域にわたり優占して生息していた。イシガメが確認された31地点(292個体)における他種のカメ類の確認は、クサガメが16地点(186個体)、クサガメとの雑種が10地点(22個体)、アカミミガメが3地点(8個体)、カミツキガメが1地点(1個体)で、アカミミガメやカミツキガメはいずれもクサガメと同所で見られた。クサガメ又はクサガメとの雑種は19地点で確認されており、アカミミガメよりもイシガメとの分布の重なりが有意に大きく(Z検定;P<0.01)、この結果から判断すると千葉県に生息するイシガメはクサガメ及びクサガメとの雑種間で競合が生じている可能性が高いと考えられる。

5. ニホンイシガメとクサガメとの交雑問題
 イシガメと外来種のクサガメとの雑種は、これまでに全国各地から報告されている(内山他 2002など)。交雑した個体は外部形態から両種の特徴を併せ持つことで雑種であることを判別することが可能である。クサガメの増加と分布拡大、生息地改変等によるイシガメとの分布域の重なりが増加することにより、両種は交雑の機会を増したと考えられる。これまで千葉県において確認されている雑種の分布状況は、県北部から南部までの広範囲に及んでいる。イシガメの生息がまとまって確認されている地点や淡水性カメ類の個体群調査が行われている地点では必ずといっていいほど雑種が確認され、これまでの調査でイシガメが確認されていない九十九里浜平野でも雑種が見られた。また、雑種の判断基準とした外部形態の特徴には、イシガメに近いタイプからクサガメに近いタイプまでバリエーションがあり、明らかに雑種とされる個体以外に判定が困難なものが複数箇所で確認されている。
雑種が確認され捕獲調査が行われている地域のデータを用いて、イシガメ、クサガメ、そして両種の雑種の個体数の割合を比較すると、構成パターンはいくつかのタイプに分けることができる。つまり、イシガメの割合が高い地域、クサガメの割合が高い地域、クサガメやイシガメの一方の種を欠いた地域など地域による大きな違いが見られた(表1)。このような雑種間の形態的差異や生息地における種組成の違いがなぜ生じるのか、よくわかっていない。今後、イシガメの保全対策を考え推進していく上において、雑種形成を起こすメカニズムや遺伝子浸透の問題を解明していくことは不可欠で緊急を要する重要課題の1つといえる。

表1.雑種が見られた地点の種組成(一部抜粋)